小説

『幸福の青いカラス』エルディ(『青い鳥』)

「角っこが切れてるよ。なんで?」
「なんでだろう。風?」
「風? ふーん。画鋲持ってる?」
「あ、はい」
 わたしはさっき外した画鋲を手渡しました。吉田くんは受け取ると、「青い烏」が列からずれないように横のものとの位置を調整しながら言いました。
「これおっしーよな。一本線が足りなくてさ」
「おっちょこいちょいなんだよね。あははは」
 世界の終りです。苦笑するしかありません。
「へえ、そうなんだ。でも一本線が抜けてるけど上手いよ。画龍点睛を欠くだな。前から思ってたけど、字きれいだよな」
「あ、ありがとう」
 世界の始まりです。新しい世界。おっちょこちょい万歳!
 わたしは新世界の創世主の顔をうっとりと見上げました。

 しかしすぐに、わたしは自分の目を疑いました。吉田くんのあごの下に黒いものが見えたのです。ヒゲです。一本の短いヒゲ。こんな端正な顔にヒゲ? 目をこすりました。やはりヒゲです。しかも青々ではないけれどぽつぽつとヒゲそりのあとが見えます。そり残しのヒゲが一本。吉田くん、ヒゲが生えるの?

 すると自然とわたしの右手が動き出しました。そしてなんのためらいもなく、工場のロボットのように正確にヒゲをつまみ、くす玉のひもを引くように引き抜いてしまいました。

「痛――ッ」
 吉田くんは叫びました。その拍子にバランスを崩し、空をつかむ手が書き初めの台紙にひっかかり、椅子の下へと落ちてしまいました。すべてその台紙に留めてあったので、吉田くんとともにすべての書き初めが外れてしまいした。わたしもバランスを崩し椅子から落ちていく中で、掲示板で休憩していた三十五羽の青い鳥と一羽の青い烏が飛び放たれていくのが見えました。

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