小説

『幸福の青いカラス』エルディ(『青い鳥』)

 それにこの男の人もとってもヒゲが濃いです。あー、話は戻って、映画の登場人物のことです。青々です。お父さんもヒゲの濃さだけならハリウッド級です。一方、ヒロインはとびきり美人でいてどこか可愛らしい感じのするブロンドの女性です。一目で気に入ってしまいました。きれいなブロンドで、それこそ烏のように真っ黒な髪のわたしにはあこがれです。しかもこの方、あこがれの左利きではないですか。字を書くときのちょっと窮屈そうな姿がとても魅力的です。やはり左利きの練習を再開しようと思いました。それに右手は書き損じたりと少し間抜けなところもありますから、いい機会です。とにかくこの方がヒロインだからなんとか目を離さずに見ているようなものです。空に鳥の大群が舞っている画面だけで、DVDを止めてしまおうかと思ったくらいなのですから。それにしてもです。どうしてこんな素敵な方と青々としたヒゲの男の人が恋仲なのでしょう? 男の人が鳥たちの襲撃から守ってくれたからでしょうか? わたしには鳥が人間を襲うことよりも不可解でなりません。

 だって、この映画を見ていると鳥が人間を襲うなんて、驚きではなく「やっぱり」って思えてくるのです。もともとわたしが鳥に嫌な思いを持っていたからかもしれませんが。映画の中に、鳥が人間を襲うなんてありえないと言って、ヒロインのことを信用しない学者らしき人が出てくるのですけど、その場面のじれったいこと。鳥は大人も子どもも襲うし、家に避難しても窓ガラスも扉も突き破ってくる、と図鑑を書き変えるべきと思ってしまうくらいです。

 そんなこんなで、妄想だと言われようが、半紙から鳥が飛び出してきて、背後から襲われるのではないかと怖くてたまりません。このままでは六年間の思い出にケチがつくどころか、卒業間近にして登校拒否をしてしまいたいくらいです。

 あー、なんでこんなことになってしまったのでしょう。山本くんのせい? お父さんのせい? おっちょこちょいな右手のせい? いやいや、問題の発端はやはり「青い烏」なのです。掲示板のあの欠落、ひずみを何とかしなければなりません。わたしは決意しました。
 おそるおそる扉を開けました。教室中にたくさんの鳥たちが飛び回っているところが頭をよぎりました。放課後のだれもいない教室というのは薄気味悪いものです。早く帰りたくともあせらずに、今度こそ確認を怠ってはなりません。頭に描いていた作戦を復習します。まずは習字道具の用意。そしてわたしの「青い烏」を取りはずす。すかさず書き足し、「青い鳥」にしてもう一度掲示板に貼り直す。うまくいけば三分強。

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