小説

『笛吹き男のコーダ』木江恭(『ハーメルンの笛吹き男』)

「さて、裏切り者の鼠諸君。おれァ聞きたいことがある。素直に答えろ」
 まだ耳が聞こえていた頃の記憶を引っ張り出す。言葉を慎重になぞり、舌を動かし、自分には聞こえない音を紡ぐ。
 笛を奏でる方がよほど簡単だと、碓氷は思う。
「諸君が組織より横流しした商品は、何処だ」
 男たちはのろのろと口を動かす。鈴虫庵。潰れた茶屋。西。飴屋の斜向かい。
 ぶつぶつと零される言葉を拾い上げ、場所を絞り込んでいく。検討が付いたところで、碓氷は男たちを黙らせた。
「よし、わかった。それじゃァ次の命令だ」
 犬のように自分を見上げる男たちに、碓氷は微笑みかけた。
「おれァ月が欲しい。取ってこい」
 すっと、部屋からは見えない空を指差した。
「川へ行って、橋の欄干に登るんだ。その上に立って、両手を伸ばして、ああ、空を見上げるのを忘れるなよ、何せ月は空の高ァいところにおわすからな」
 そしてふと、男たちの前に徳利が幾つも置かれているのに気がつき、どくどくと猪口に注いでやった。
「景気づけに、飲み干しちまいなァ」
 男たちはゆっくりと猪口を手に取り、中身を飲み干す。碓氷はすぐに徳利を傾ける。男たちはまたそれも喉に流し込む。
 幾度か繰り返した後、空になった徳利を碓氷は投げ出した。
「さァ、行ってこい」
 男たちはふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りで部屋を出て行った。
 あの調子では、川にたどり着くより前に階段から転げ落ちるかもしれない。それでも一向に構いはしないが、下手に命が助かってしまっては困るなァと碓氷は思った。高低差のある川底に落ちれば、まず間違いはないのだが。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12