Sはなんとなく彼らとすれ違いたくなかった。それで、回れ右をして歩きだした。行く当てもないのにやけになって早足で歩いて行くうちに、ひっそりとした細い路地に入りこんでしまった。
道を聞こうにも誰も歩いていない。ただ一軒、古ぼけた看板のかかった小さな店があった。
食べ物屋か何かだろうと何気なくガラスのショーケースをのぞきこんでみると、なかにはがらくたに埋もれて埃のかぶった人形が横一列に並んで置かれていた。人形はそれぞれめいっぱいおしゃれをさせられて、棒のような手足を投げ出して座っている。
ふと、頭の中に忘れかけていたことが胸の奥を横切った。Sはそれがなんなのか頭の隅で追いかけながら、さらにガラスに顔を近づけた。
うっとりするほど睫が長い青い目の人形がSを見た。すると横切ったものが像を結んだ。そこにあるのはすべて、かつてSの家から出ていった人形だったのだ。
Sは驚いて、今一度この古ぼけた店を見まわした。看板の文字は色あせて何と書いてあるのかもわからない。
店のなかに入っていくとやはりショーケース同様埃っぽく、ランプや小机やさまざまなアクセサリーの類がごちゃごちゃと投げ出すように置かれている。客はひとりもなく、店主の姿もなかった。
「すみません」
Sは奥の暗がりに向かって声をかけてみた。
「どなかたいらっしゃいませんか。表の人形のことでお聞きしたいことがあるんです」
すると、暗がりにうすぼんやりと白いものが動き奥から背の高い女が出てきた。真夏だと言うのに、女はとっくりの白いセーターにウールの短いスカートをはいている。
「なんですか」
女は言い、ちょうどショーケースの裏側、人形の背中が見えるところに立つと、遠くを見るような目つきをした。夏の日差しが彼女のほっそりとした顔に映えた。
この女の顔には見覚えがあるとSは思った。なんとなく幼かった頃の顔をよく知っているような気がするのだ・・・。子供の頃の知り合いだろうか?
「なんです?」
黙っているSを女が促した。
「表に飾ってあった人形ですけど・・・」