小説

『人形の夢』あおきゆか(『たれぞ知る』ギ・ド・モーパッサン)

 それから毎夜、夢には少女に生まれ変わった人形たちが現れるようになった。声を立てて笑い、瞬きをし、走り回る少女たちはSにつぎつぎと素晴らしい絵を描かせる。
「展覧会に出しませんか」
 画廊の店主に勧められた展覧会で、箱ひだスカートの少女の絵が賞をとった。授賞式でSは記者のひとりにこうたずねられた。
「モデルはいるのですか?」
「います・・・いえ、いません。わたしの空想なのです」
「空想であんなに生き生きとした少女が描けるなんてすばらしいですね」
 授賞式から帰るとすでに日が暮れて、空には細い月がかかっていた。
門扉に手をかけたSは、二階の南側の窓にちらりと黒い影が横切ったのを見つけた。そこは人形たちの部屋だ。
 Sは門扉の陰に隠れて外からじっと様子を窺った。すると何かがぶつかって割れるような音がし、小さな子供がどたばたと走り回るような音が聞こえてきた。
 あきらかに誰かがいる。それも一人や二人ではない。
 やがて、玄関の扉がほそく開いて家の中から石畳に細い明かりが漏れた。その光の奥から黒いエナメルの靴を履いた小さな足がふたつ現れた。
 Sは思わず漏れそうになる声をぐっとこらえた。石畳をこちらに向かって歩いてくるのは、間違いなくあの箱ひだのスカートの人形だったのである。
 ことり、ことり。
 かわいらしい足音が響く。人形は門扉に隠れているSにはまったく気づかない。そのすぐあとを今度は金髪の巻き毛の人形がついてきた。ぞろぞろと、人形部屋に並べられているはずの人形が一体残らず、表情のない顔をして行進していく。Sは人形に気付かれぬよう、庭の茂みに身を潜めた。
 人形たちはそのまま門扉の手前にくると一斉に立ち止まり周囲をきょろきょろと見回した。
 一番前にいた人形が門扉に手を伸ばす。
 Sはそのときふと、何かがおかしいと思った。人形の背たけからすると門扉はとても手の届く高さではないのだ。いつの間にか彼女たちは人間の子供くらいの背たけになっていたらしい。
 そして夢の中にいたときのように生き生きとした表情を宿していた。肉体の動きも人間らしく、あるものは長い巻き毛をしどけなくかきあげ、あるものはスキップをした。

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