病弱だった両親が相次いで亡くなると、一人娘であるSは莫大な財産を相続し別荘のある避暑地にひきこもった。
恋人も友人もいない彼女のなぐさみは絵を描くことだった。できあがった作品は、画商に置いてもらっているが、まだ一枚も売れたことがない。
Sの描く絵は一風変わっていた。
選ぶモチーフはいつも同じで、十に満たないくらいの女の子が椅子に腰かけているというもの。モデルは振り袖姿のおかっぱ頭の少女や、青い瞳に栗色の巻き髪、アフロヘアに金色のピアスをつけた黒人の子など十人十色で、どの子もみんな美しいのだけれど、少女たちの装いはどこか時代遅れで大げさに過ぎるようだ。
なによりもその表情が気にかかる。どこを見ているのかわからないぼんやりとした瞳、何か言いたげなおちょぼ口、だらりと椅子から垂れた両手と棒のように伸ばした足。
少女の絵を見た人はほんの少し顔をしかめ、そしてそれがなぜかわからないとでもいうように小首をかしげた。
ところで人見知りをするSが、いったいどこでこのモデルたちと知り合ったのか。
実を言うと、これは生きている少女の絵ではなくすべて人形なのだ。だから別の画家が忠実に描写すれば、その絵はむろん人形に見えただろう。しかしSが描くとなぜか人形は生きている少女に、だが、魂の抜けた少女の絵になってしまう。
Sは生身の人間にまったく興味を感じることができなかった。
ひとつには彼女がめぐまれすぎていたせいもある。死んだ両親はひどく過保護で、一人娘に美しい世界しか見せなかった。この世の中は、Sが見てきたものとは全く違う顔をいくつも持っているというのに。
Sにとって大切なものは人形だけになってしまった。
彼女は人形に専用の部屋を与え、そこには通いの家政婦にも決して立ち入らせず、毎日自分で掃除をし、人形たちの髪をすいた。そしてどれかひとつ、いや一人を抱き上げるとアトリエに行き絵を描いた。
Sにはときおり目の前にいる人形が何かしゃべり出すように思えてくるのだった。その完璧な唇はすぐにでも声を発しそうな形をしている。しかし顔を近づけて、か細い声を聞きとろうと耳を澄ませても何も聞こえない。何も聞こえないのは、自分が人形の言葉を解さない俗物だからだろうと思う。