小説

『魔法使いとネズミの御者』Dice(ぺロー版『シンデレラ』)

「本気で言っているんだね?」
「本気だよ。決まっているじゃないか」
「人間のままにしておく契約を結べば、二度とネズミには戻れない。それでも?」
「いい!」
 そうか、と魔法使いが言った気がした。右腕がひと振りされ、ローブの幅の広い袖がネズミの目の前で翻る。一瞬視界が真っ黒になった。
「人間なんて、そんなにいいものじゃないんだけどね」
 耳の奥で、魔法使いの声だけがこだましている。

 幅広の袖が視界から消えた。
 白くて四角い、窓のない空間に二人はいた。簡素な金属で出来た椅子が二脚、やや離れた向かい合わせで置かれている。一方の椅子の前にだけ、定規で計ったみたいにまっすぐな白い机もある。それだけなのに、やけにだだっ広い。
 ネズミは呆気に取られて周囲を見回した。
「じゃあそこで自己紹介して」
 魔法使いの服装が、いつの間にか黒いジャケットとぴったりとしたひざ丈のスカートに変わっていた。同じく黒の靴を鳴らして歩き、机の向こう側の椅子に腰掛ける。銀髪をまとめているので、さっきまで隠れていた顔は全て明らかになっていた。ふくよかな頬は垂れ下り、顔中皺くちゃだ。
 ネズミの服装もさっきまでとは変わっている。舞踏会の送り迎えに相応しい赤い燕尾服ではなく、魔法使いとそろいのような黒いジャケットに黒いズボン。窮屈なのは体型のせい、だけではないはずだった。特にズボンはシャラシャラした感触で、ソーセージのように脚がパンパンに詰まっているのを絶えず実感させられる。
 どうやらさっき、馬車で魔法をかけられたようだ。しかし、服装を変えることに意味があるのだろうか。そんなことをするくらいだったら、自分の願いをさっさと叶えてほしい、とついネズミは思った。
「聞こえなかったかい?」
 魔法使いはネズミの心中など知らず、やや苛立った声を出す。慌ててネズミは首を振った。
「いえ、聞こえました。けど、説明してください。ここはどこで、今からなにが始まるんです?」
 魔法使いは、胸の前で腕を組んだ。背もたれに背をつけてふんぞり返っている。

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