小説

『魔法使いとネズミの御者』Dice(ぺロー版『シンデレラ』)

 責任、という言葉を、ブラウニーは生まれて初めて耳にした気がした。だが、意味は知っている。きっと、人間が話しているのを聞いても、自分には関係のない言葉だと聞き流していたのだ。
 魔法使いと目が合う。彼女はもう一度、強く言った。
「最初から人として生まれた中にさえ、人でなしは存在する。あんた、最後まで人間でいられるかい。真剣に想像してご覧よ。」
 ブラウニーは顔を上げたが、なにも言えなかった。
「だから私たちは他の動物が人間になりたいと言ったとき、とても慎重になるんだよ」
 ブラウニーが完全にうつむくと、魔法使いの足元が目に入った。影のできない部屋の中で、真っ黒な姿の魔法使いはやはり影のようだった。
「あんたの回答は、ぎりぎりだが合格点だった。最初から人間として働くことを想像できる動物はあまりいない。酷いのは人間殺してその肉を食う、とか言うからね。ただ、逆にあんたは、ちょっと人間というものに夢を見すぎだね」
「じゃあ、僕が思っているより、人間は楽しいばかりじゃないってことですか」
 魔法使いは、ブラウニーの問いに、ほんの少し視線をさまよわせた。
「生きていて楽しいだけの生物なんて、この世にどのくらいいると思う?」
 ブラウニーは腕組みをして、首を思い切り傾げた。
「考えなくていいんだよ、今のは質問じゃない」
「いや、そうじゃなくて」
 首を元の位置に戻し、ブラウニーは苦笑する。
「案外、知らないものだな、と思って。ネズミにしてみれば人間なんて、なに不自由なく見えるのに」
 魔女は感心したように小さな目を見開いた。
「おや、分かってきたじゃないか」
 ブラウニーは内心調子に乗って、口元を撫でる。
「でも、人間もよく弱肉強食って言いますよね」
「それは他人が座っている椅子を奪うことしか考えていない連中さ。椅子は、本気で作ろうと思えば自分で作れるんだよ」
 ブラウニーは細く息を吐き、もう一度腕を組む。やっとこの面接の意味が、少し分かった気がした。確かにネズミの感覚のまま人間になっても、まともには生きられないだろう。

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