「それより、魔法使いさん」
「ああ、待ちな」
ふざけるのをやめた魔法使いは、フードをより目深にかぶる。
「願いなんて、多分聞いても叶えてやれないよ。こっちだってランプの精と同様、この世にないはずの力を際限なく使ってやるわけにはいかないんだ」
遠回しな断りだったが、ネズミは顔の前で手を振った。
「大丈夫だよ。魔法を使うお願いをするんじゃない。魔法を解かないお願いをするだけなんだ」
わずかに、魔法使いの首が傾げられる。すっかり自分の思いつきに浮足立っているネズミは、前のめりになって言った。
「僕を、このままにしておいてくれませんか。このまま人間になりたい」
「ふむ」魔法使いは鼻を鳴らした。
「あんたもか」
「え?」
ネズミは目を見開き、魔法使いは顎を引く。
「私もこの道、長いからね。いろいろなものを人間に変えてきた。たくさんの元動物や植物があんたと同じことを言ったよ。元に戻さないでほしい」
ネズミはほとんど膝の上に上半身を載せるような格好になった。
「本当?!それで?そのままでいた奴もいるの?」
「まあ、多少はね」
「じゃあ、できるんだね!」
ネズミは立ち上がり、気の早い万歳をした。魔法使いは、彼の様子を見ながら冷やかに首を振る。
「多少って言っているだろ。まだあんたの分を叶えると決めたわけじゃない」
一瞬の沈黙が馬車の中に流れる。魔法使いはフードの縁に手を掛けた。
「だが、勝手にネズミを人間に変えた責任は、確かに私にある」
ネズミはすぐに笑顔を取り戻し、元の場所に座り直した。
「どういうこと?できるの?できないの?」
魔法使いはおもむろに立ち上がり、ネズミもその場に立たせた。背の高くない二人が立ち上がっても、頭が天井につくことは無い。