小説

『魔法使いとネズミの御者』Dice(ぺロー版『シンデレラ』)

「で、どうする。お前が、最後まで人間としての生を全うする、と誓うのなら私はこの左手を振る。そうしたらお前はシンデレラの魔法が解けてもずっと御者のままだ。やっぱりやめると言うのなら右手を振る。そのときはただ元の場所に戻るだけで、12時になったらお前もシンデレラと同様に元の姿に戻るよ」
 人間のままでいたい気持ちは変わらない。人間になれば、今よりずっと長い寿命、どこにでも行ける体と、自由が手に入る。その代わり、今まで背負ったことのない責任というものの重みを死ぬまで感じ続けながら生きていくことになる。そう思うとズボンの中の足が竦むようだった。
人間のままでいるなら、死ぬまで人間であろうとし続けなければならない。
「魔法使いさん」
「なんだい」
「では、奪うことは、全て人でなしですか」
 魔法使いは、目を伏せ今までより小さな声で言った。
「私が、なんでも知っていると思わないでおくれよ」
 ブラウニーは組んでいた腕をほどき、立ち上がった。
「明日も、舞踏会でしたっけ」
「ああ、そういえばそうだ」
「明日も僕は御者ですか?」
「そうだな、とりあえず」
「じゃあ、右手を振ってください、魔法使いさん。明日もう一度人間になった後に、それでも人間でいたいと思えたら、今度は左腕を振ってください」
 ブラウニーの答えに、魔法使いは右の眉だけを上げ、唇を歪めた。
「ずるい答えだねえ。さすがはネズミだよ」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてないからね。じゃ、まずはシンデレラを頼む」
 そう言って、魔法使いはローブの袖をさっと振った。ブラウニーの目の前が再び夜のように暗くなった。

 月の夜の下、かぼちゃの形をした馬車に、赤い燕尾服のたっぷり太った御者が待機している。金の靴を片方だけ履いた水色のドレスの少女が長い裾を翻しながら一目散に駆けてくる。少女が馬車に乗り込むと、見計らったかのように馬車は出発した。城の時計台は、11時58分を示していた。

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