小説

『きのうの私』まやかし(『ドッペルゲンガー』)

 ダムが決壊したように、というのだろうか。もはや私が一方的に話しているだけだったが、それでよかった。私はとにかく打ち明けたかった。老婆は私の方をちっとも見ないで、優しく相槌を打ってくれた。
「そうですか、そうですか。それじゃあ、これか一緒に探しませんか」
「私は探しても埋まっていませんよ」
 時間が止まった。いや、止まったのは私の思考だ。こちらがまくしたてるように喋っていて、きっと聞いてなんかいないだろうと思っていたのに、この言葉に私は驚愕した。私だけの発見を、横取りされたような気分だった。
「どうして探しても見つからないとわかるんですか? 探してもいないのに」私は何かに脅迫されている気分だった。老婆は相変わらず前を向いたまま「毎日思い残すこともありませんから」と言った。
「思い残すことがないと、埋まっていないんですか」身をぐっと乗り出して聞くと、初めて老婆は私を見て「ええ、毎日塵に還ります」とつぶやいた。
 薄茶色の瞳に飲み込まれそうになる。この人も私の母と同じように、噛み合わない会話をしているのだろうと思っていたのに。
「そういうものなのですか」恐る恐る聞くと「そういうものなのです」と言ってまた前を向いてしまった。
「今日も塵に還るのですか」
「今日も塵に、還るのです」
 そうだったのか。みんな毎日塵に還っていたのだ。だから家の庭にも広場にも、あんなにたくさんの塵が埋まっていたのだ。きっと、役目を終えたすべての生き物や物体は、世界のすべてが眠りに着いたその瞬間を見計らって塵になる。そうしてきのうの世界の上に、今日の世界が新しく生まれるのだ。私の足元は、きのうの塵で埋め尽くされている。その下にはおとといの、その下にはさきおとといの。さらに下には――きのうの世界は塵となり、その屍の上に自分自身を生み落としている。
 私一人除いて。そうであるとするならば、この広大な、大量の粉塵でできた世界に私は、たった一人で埋まっているのだ。
 ドッペルゲンガーの正体は、塵に還れなかった憐れな私。
 子供はどこかへ行っていた。私は老婆にお礼を言って、あわてて砂場に駆けてゆく。
 砂場はとても柔らかくて簡単に掘り進めることができた。一心不乱にシャベルを刺した。汗がたらたら垂れてくる。暑さのせいか焦りのせいか、私にはわからない。それでも懸命にすくい続ける。

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