小説

『きのうの私』まやかし(『ドッペルゲンガー』)

 部屋に帰って眠るだけの生活が味気なくなってきたころ、鉢植えを買った。毎朝出勤前に水をやっていたら、意外にもすくすくと成長した。しばらく経つと植物が鉢とは不釣り合いなほど大きくなって、どうにも窮屈そうになってきた。茎は上へ上へと伸びてゆき、しだいに先端から枯れてゆく。あんまり惨めだったので、実家の庭に植えかえることにした。そうしたら、思わず自分を発掘した。
 仕事ばかりの生活に慣れたせいで、いざ休みとなると何をしていいかわからない身にとって、この自分探しは貴重な休日を充実させるものになった。
 地域の自治会館には大きな駐車場があって、隣が空き地になっている。そこを探せば見つかるだろうと思った。自分の居場所はなんとなくわかった。家の庭よりずっと広いから、ほかの人も見つかるのではないかと少しだけ期待する。
 いざ目当ての場所に行ってみると、駐車場だった場所にはアパートが建っていた。どうやら空き地にまでおよんでいるようで、会館だけがぽつねんと取り残されている。締め切られた雨戸は埃にまみれていた。昔は子供会がよく開かれたこの会館も、今はあんまり使われていないのだろうか。
 ここに埋まったままの私は、いったいどうなってしまうのか。途方に暮れて佇んでいると、風になびかれて雨戸がかたかた音をたてた。砂埃が目にしみた。
 気を取り直して広場に行った。休日だというのに誰もいない。広場の前に伸びる細い道路は車がほとんど通らず、とても静かだ。鳥の声さえしない。ボール遊び禁止、という看板が立っている。こんなものは昔はなかったはずだ。遊具がないからこそのびのび遊べるというのに。
 広場に埋まっている私を探す。足で地面を削ってみると、乾いた砂の上澄みがばらばら散った。シャベルを力任せに突きたてる。とても固い。白濁色の砂利は表面しかすくえない。精一杯踏みつけているのに、いっこうに食い込んでくれない。
 それでも少しずつ、少しずつ掘り進めてゆくと、土に色味が出てくる。茶色っぽい部分になってやっとシャベルが入りやすくなった。だんだん黄色になってくる。突然、沼のようにずぶりと沈む。
 思った通り、その先には灰色の砂があった。期待に胸が膨らんでゆく。こみ上げる笑みをこらえながらかき分けていると、また固い層にぶつかってしまった。
 どうして見つからなかったのだろうと、落胆するより不思議に思う。ほかの場所を探してそこいらじゅうに穴を作りつつ、屋根つきのベンチの裏でようやく見つけた。今よりずっと髪が短くて、小柄な私。こんなに昔のドッペルゲンガーがいるとは思っていなかった。そうだ、この子は、小学生のころの私。

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