小説

『パーティ』大前粟生(『灰かぶり姫』)

 うなじにうっすらと色っぽい汗が浮かびはじめた頃、わたしたちは義務としての社交とサービスを一応果たし終えた。わたしたちはようやく行動に移ることができる。抜け目ないわたしたちは、トイレの個室じゃなくて寝室狙いだ。パーティの主催者であり、絶対権力を持つ生徒会長の寝室はどんなのだろうかとわたしたちは何日も前から思い描いていた。
 あの子はパーティにきたがった。でもわたしたちはあの子に向かって、申し訳なさそうな顔で首を振ることしかできなかった。あの子がパーティにこれないのは、あの子の睫毛に埃が絡まっていて、肩には雪みたいにフケが積もっていて、シャツの模様は灰で見えなくなっていて、穴という穴には灰が入り込んでいて、咳をすると羽が出てきて、手が月の穴のようになっていることとは関係がない。今日は生徒会長やわたしたちを筆頭とした、未来明るいスクールカースト上位者のパーティだ。
 わたしたちは後悔した。もう少し早く行動を起こせばよかった。生徒会長の寝室から、長い行列が伸びている。みんな生徒会長狙いだ。当たり前のことだ。いくらわたしたちとはいえ、順番は守らなければならない。入れ替わり立ち代わり寝室に入り、出てくる女の子たちにクールな目線を送りながらも、早くわたしたちの番がこないかと、なにげない顔でしっかりと順番待ちの列に並んだ。あと三千人でわたしたちは生徒会長の寝室にいけるのだと思うと、エレクトロニック・ダンス・ミュージックのビートが心臓に巻きついて、わたしたちを加速させてやまない。あと二千五百人。わたしたちは本当は、音楽になったみたいにずんずんとどきどきしていたけれど、わたしたちはやっぱりおしとやかということで世に名高いから、そわそわしないで気を落ち着かせなきゃと思って、一度に二十本くらいたばこを吸った。灰がギャルソンのドレスにかかりまくって、わたしたちはここにあの子がいたらなあと思った。あの子は灰皿だったから。
 はじめにあの子を灰皿にしたのはママだった。灰をあの子の頭の上に落としながら「手のひらだって、何度いわせるの?」とママはよくいった。手の甲だと痕が見えてしまう。たばこの火が消える音があの子の手のなかでする。はじめのうちはあの子も声をあげていたけれど、あの子は今ではもう、熱いということさえ忘れている。
 はるか前方で寝室のドアが少しだけ開く度に、なかから甘くてケミカルなにおいが漏れ出てくる。ドアの隙間の暗やみから生徒会長の声がして、ひとりの女の子が口を押えながら寝室から飛び出してきた。涙が黒く光る大理石の床にぽつぽつと垂れていた。あの絶壁頭は環境美化委員長にちがいがない。また生徒会長の声がして、七人の小柄な女の子たちが寝室のなかに入っていった。

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