桐子が初めて私に触れたときのことを思い出した。熱くて少し湿った掌。柔らかい皮膚がそっと私を包み込んで、全ての痛みから私を庇ってくれた。私は微かに息を吐いて、降って湧いた幸福感に酔う。
けれど、桐子の手がどんどん冷たくなっていくことに気づいて私は跳ね起きる。白い肌の下で息づいていた鮮やかな血液がするすると何処かへ抜け出ていき、しなやかな指先が干からびてひび割れていく。桐子の命が流れ出していく。
桐子、桐子。私は必死で声を上げるけれど、掌の檻は開かない。つるりとした手は頑なに外の世界を拒み続け、その表面をまるで稲妻のようにひびが駆けていく。
桐子、桐子、桐子。
「つ、ばめ?」
瞼をこじ開けると、奇跡が呆然と立ち尽くしていた。
途端に、私の体に時間の感覚が戻ってきた。外で鳴き喚く蝉の声、差し込んでくる夕暮れの斜光、薄暗い空間に仄白く浮かび上がる桐子の頬。
「トーコ」
ざっくりしたVネックのTシャツから華奢な鎖骨が覗く。こんな時だというのに、私はやっぱり桐子に見惚れてしまう。
「どうして」
桐子は、私の皺だらけのスカートと縒れた襟を見て唇を震わせた。
「ずっと、ここにいたの?待ってたの?馬鹿、もう二日も」
「だって、トーコに会える場所、ここしか思いつかなくて」
「閉館してるんだよ。書庫の入れ替え作業で、今週はずっと」
私はぽかんと口を開けた。そういえば館内はずっと暗いままで、誰の気配も感じなかった、かもしれない。桐子で頭がいっぱいだったから、大して覚えていないけれど。
「でも、じゃあ、トーコはどうして」
「……私も、同じ。つばめに会える場所が、ここしか思いつかなかった」
桐子がくしゃりと顔を歪め、私の頭をそっと撫でた。米神を掠める指がひやりと冷たい。そういえば、微笑む顔がいつもより青白いような気がする。
そして、ほっそりした肘の内側に、白いガーゼの絆創膏。