小説

『羽化の明日』木江恭(『幸福の王子』)

桐子を悲しませたくない。でもこれを話したら、私はもう桐子と一緒にはいられない。
 私は、どっちを選べばいい?
 重苦しい沈黙を破って、桐子が長い溜息を吐いた。
「遠くに行きたい」
 ガーゼの貼り付けられた肘を、逆の手できゅっと握る。
「全然知らない場所に、消えちゃいたいよ」
 伏せた目に宿る憧憬を乗せて、小さな針跡から漏れ出していく桐子の血。
 溢れて、流れて、押し流す。桐子の温もりを連れ去ってしまう――。
私は桐子の手を取った。
「要らなくなんかない。トーコは私を救ってくれた」
「つばめ?」
あの日はずっと大きく感じた掌が、今は小さく頼りない。
「ごめん。私、嘘を吐いていた。おうちの人なんかいないんだ。トーコと一緒に食事をしないのは家で食べるからじゃなくて、食べられないからなんだ。一ヶ月しかいられないのは転校するからじゃなくて、本当にいなくなるからなんだ」
「つばめ、何言って」
「お願いしたんだ。ほんの少しの間でもいいから、トーコの隣に居させてくださいって」
 ローファーに押し込まれた爪先が震え出した。桐子の手とは比べ物にならないくらい、凍りついたように温度を失っていく。鋭い痛みが足首を締め付ける。
 ゲームオーバー、と誰かが耳元で囁く。
 ルール違反にはペナルティが課される。日没の門限を破ってここに座り続けた時点で、わかっていたことだ。
 それでも私は、どうしても桐子に会いたかった。
「トーコ、ありがとう。私を見つけてくれて。トーコのおかげで、私は一人ぼっちにならずに済んだ。嬉しかった」
「つばめ」
 寒気がじわわじわと這い上がってくる。膝から腰、腕へと、トーコに触れている感覚さえも失われていく。

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