小説

『羽化の明日』木江恭(『幸福の王子』)

「暑いね」
「うん、暑い」
「つばめが暑いのは制服だからでしょ。何で夏休みなのに制服なの?」
 そういう桐子は、白くてふんわりした薄手の上掛けから、しっとりした肩の肌が透けている。
「いいんだ。我慢できるし」
「そういう問題?」
「そういう問題」
「そうかな……絶対違うと思うけどな……」
 ぎらぎらと照りつける太陽に自然と口数は減り、沈黙を埋めるように蝉の声がざあざあと降り注ぐ。蝉時雨なんて、昔の人は素敵な言葉を思いついたものだ。
「蝉って、一週間しか生きられないんでしょ」
 ミンミン、ジージーと競い合う大合唱の合間に、桐子が呟いた。
「じゃあさ、来週ここを通るときには、今鳴いてる蝉はみんな死んじゃってるんだね」
「そんなことはないよ」
 何処となく沈んだ桐子を励ますように、私はにっこり笑った。
「蝉はもっと長く生きるよ。一ヶ月以上生きることもあるくらい」
「そうなの?じゃあ一週間ていうのは」
「あれかな、都市伝説」
 桐子が吹き出した。
「蝉の都市伝説って。でもそっか、みんなそう言っているから信じてたけど、違うんだ」
「そうだよ。大体、蛹から成虫になるときは命懸けなんだ。一週間じゃ割りに合わないよ」
「そうね。つばめは物知りだね」
 駅が近づいて、少しずつ賑やかになってくる。夏休みだからか、同じくらいの年の子がたくさん出歩いている。でも、桐子は断トツで美人だ。
 ふと見上げると、二週間前、初めて桐子に声をかけたビルの目の前だった。
「トーコ、ここ」
「え?ああ、そっか、ここでつばめと初めて喋ったんだっけ」

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