「じゃあさ。明日、よかったら、泊まりに来ない?」
「え?」
思わず、高速でバチバチと瞬きしてしまった。桐子はストローを咥えて、でも中の液体を吸い上げるでもなく、徒に端を噛んでいる。
「明日はバイト十五時までだから迎えに行くし、つばめのおうちの人には私が」
「駄目!」
反射的に出た言葉が思いのほか強くて、私は咄嗟に口を抑えたけれど遅かった。桐子は呆然として、崖のてっぺんで足を踏み外した瞬間みたいな目で私を見ていた。
「ちが、違う、トーコ、あの」
「ごめん」
店内に流れる有線放送にかき消されそうな、掠れた声。
「ごめん、調子乗ってた。そうだよね、私が行ったら迷惑だね。あんな家のコと付き合ってるなんて、知られたら」
「トーコ、何言って、違う」
「もう行くね」
食べかけのポテトの乗ったトレイを引っ掴んで、桐子は椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
「トーコ」
友達になって初めて、桐子は私の声が聞こえない振りをした。
次の日、桐子は図書館に現れなかった。
私は桐子の予定を聞き忘れていた。だから桐子がいつ来るかがわからなくて、開館時間から閉館時間まで、たった一つの入口にあるロビーのベンチに座ってずっと待っていた。少しでも席を外したらその瞬間に行き違いになってしまって、もう二度と桐子に会うことはできないのではないかと怖かった。
私は待ち続けた。膝を抱えて、身を縮めて、息を殺して。そのうちに時間の感覚が無くなって、まだ数分しか経っていないような、それでいて、もう何日もこうしているような気分に陥る。
目を閉じると、自分が小さな殻の中に押し込められたような気がした。それは覚えのある感覚だった。限りなく広い世界を求めて、全身が外側へと狭い壁を押し広げ、ぐうと押し戻され、ぴりぴりとした緊張が際限なく繰り返される。