ふわりと体を持ち上げられ、木陰の藪に乗せられる。
頑張って、大人になるんだよ。
霞んでいく意識の向こうから、遠ざかる声と足音が微かに聞こえる。
思い出したように全身の力を振り絞り、破れた羽を震わせようと試みるが、微かに痙攣するだけでまともに動きもしない。一度墜落した体は、もう壊れてしまったのだ。今更枝に戻されたところで、このまま惨めに命を終えるだけのこと。
何も変わらない。全て無駄なこと。
けれど――ああ、どうして、こんなに満ち足りているのだろう。
桐子、いつか思い出してね。
蝉は七日で死んだりしない。みんなの言うことなんて関係ない。
だから、誰に何を言われたって、桐子がそれを背負う必要なんかないんだ。
桐子なら飛んでいけるよ。遠く遠く、どんなところにだって。
日が落ちて真っ暗になったロビーのベンチに、羽化したばかりの真白い蝉の骸が一つ。
少女は呆然として、震える指を伸ばす。爪の先がわずかに触れたその瞬間、白い体は呆気なく崩れ落ち、きらきら光る一握の砂に変わる。
慌てた少女は鞄を引っかき回し、やっとのことで小さな袋を探し当てた。尻ポケットから取り出したカードをスコップ代わりに、砂を掻き集めて袋に移し替える。
そして少女は、袋をそうっと胸に押し当てて立ち上がり、歩き出す。
用済みの紙切れをごみ箱に放り込むと、少女は振り返らずに外へ足を踏み出した。