小説

『黍団子をもう一度』山北貴子(『桃太郎』)

この世は美しく正しい事ばかりではないとあの老婆が教えてくれました。
私は今ようやく人として生を受けたのです」
その言葉を聞くとおじいさんはウン、ウンと頷いた。
「それと、私は思うのですが…神様はあの桃を利用したりしないと思います。
おじいさんと同じよう育ててくれる人が現れるまで、あの老婆が桃を守っているんですよ。
だって私が桃になって、何十年と生っていたんです。
流石に熟れすぎですよ」
それを聞くとおじいさんは、涙でクシャクシャな顔を更にクシャクシャにして笑った。
「そうか…そうだな…熟れすぎだな」
「そうです、熟れすぎです」

 
深い深い山の中、今にも朽ち果てそうな小さな小屋で
老翁とも見える老婆が今日も桃を守っている。
小さな命を愛し、守ることが出来る人が現れるその日まで。

最後にもう一つ。
桃太郎が老婆に渡した黍団子は、老婆が飼う犬、猿、雉に食べられ、老婆の口には一つも入らなかったそうだ。

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