小説

『黍団子をもう一度』山北貴子(『桃太郎』)

家の中は何もなかった。
布団、食器、鍋、生活に必要なものは殆ど見当たらない。
「あの…」
「桃の正体が知りたいんだろう?そのために川を上ってきたのだろ」
私の言葉を遮る様に老婆は話し出した。
「結論から言ってやろう。桃は子供だ。一つの木に、一つの実、そこに一人の子供が眠っている。お前もその一人だった」
私の体は固まった、いや時間そのものが止まったような感覚だった。
「この家の横に一つだけ桃が生っていない木があっただろう。それが、お前の木だ。ひどい嵐でお前の桃が川に落ち、流されたんだ」
冷たい、冬の雪よりも冷たい汗が頬を伝った。
老婆は湧き上がる泉のように喋り続ける。
「桃は神様の滋養なんだ。時に酒になり、薬になり、毒にもなる。オレはそれの守り番だ」
老婆はそう言うと、煙管に火を付け白い煙を吐き出した。
甘いような苦いような香りが辺りを包み込む。
「どこから子供が集められた気になるか?オレが人攫いをしていると思うか?」
ぎょろりとした目が私を突き刺すように見る。
「ここに居る子たちは、親が連れてきたんだ。貧乏で育てることが出来ないのにまた生まれた子、飢饉でとても育てられないと悟った時、子供が障害でとても育つとは思えない…だが死ぬ姿も見たくない…まあ、もっとひどい理由で連れてこられる子供もいるが、知らねえほうがいいだろう」
老婆はプカプカと煙を吐きながら話す。
カラカラに乾いた私の喉に、粘りつくような煙はとても息苦しかった。
「そんな子供たちを桃にして、神様の役にたてるのさここは」
老婆は一際大きく吸い込むと、フーと大量の煙を吐いた。
「ここは恐ろしい場所だと思うか?何も知らない無垢な赤子を桃に変え、神様の霊薬と称し利用する。
神様と言えど、やっている事は鬼と変わらんか?
それとも、身勝手な親が憎いか?人間が醜いか?

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