小説

『黍団子をもう一度』山北貴子(『桃太郎』)

いや、この醜悪な老婆が恐ろしいのか?」
皺だらけの頬をニッと上げ、黒味を帯びた唇を歪ませ老婆は笑った。
「そうか、お前は自分が何故ここ捨てられたのか気になるのか」
その言葉が耳の鼓膜を震わせると、私の心臓はドクンと音を立てる。
それと同時に、体は空気を欲し細かい呼吸を繰り返す。
「お前は父親に連れて来られたんだ」
老婆は足元で煙管を打ち、灰を落とす。
コーン
湿った床とは思えないほど、乾いた音がした。
「お前の父親は心底お前の母親に惚れていた。まだ5つにもならない頃からずうっと…。
年頃になり、幼馴染だった二人は夫婦となった。
そしてお前という子宝に恵まれた。
だが、酷い難産でな…元々体の弱かったお前の母親はお前の産声を聞く前に死んだ。
父親はこの世の終わりと思わんばかりに嘆き悲しみ、守るべきお前に憎しみを持つようになった。
そんな時ここの話を聞いたんだろう。
暗く腐ったような目をしてお前を連れてきた。
『母の温もりも知らず、父に憎まれたこの子にせめてもの祝福を与えてやってくれ』そう言って」
ぎょろりとした目を細め老婆は笑う。
「勝手な話だと思うか?まあ、そうだろうな。
だが、それも理不尽なこの世界には掃いて捨てるほど溢れているぞ」
ぽっかりと、心がぽっかりと抜け落ちている気分だった。
鬼を退治したぐらいで平安が訪れると思っていた自分がずいぶん昔のようだ。
「なぜここに来た、お前は向こうで満ち足りた人生を送るだけの財産も、名誉も、女もいただろうに…」
老婆は再び煙管に火を付け、煙を吐き出す。
「引き寄せられたか?」
老婆はくっくっくと笑った。
「不思議に思わんかったか?
お前が鬼退治に出かけた時、次々と御供になる者が現れた。
いくら知恵や勇気があろうとも、二尺以上もある鬼に何故犬や猿が立ち向かえたのか…」

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