小説

『黍団子をもう一度』山北貴子(『桃太郎』)

老婆は煙管を黄色い歯で噛み、嫌な音を立てる。
「奴らは神の使い魔よ…。
神は一度熟れたお前が惜しくなったのさ。
そうしてお前はまたここにやって来た」
「…じゃあ私は」
ここに来てようやく声が出た。
「お前が生っていた木はそのままだ。
そしてオレにはもう一度お前を桃に戻す力がある。
心配するな、神に使われた子はまた浄土で仏になり、いずれこの地に転生する」
全身の力が抜け、全てを理解した。
私の運命は最初から決まっていたのだ。
いや、私は優しいおじいさんとおばあさんに巡り合えた。
ずっとここの桃の中にいる子共たちよりは幸せなはずだ。
私は薄暗い天井を眺め、静かに目を閉じる。
「だが、オレは腹が減った。
もうしばらくお前を桃に戻さん代わりに、お前の腰に下げたその黍団子をくれんか?」
私は老婆の言葉の意味を理解するのに少々の時間を要した。
「…はい?」
「もうしばらく下で暮らしてもかまわんと言っているんだ。
お前の天寿を全うする直前ぐらいまでは待ってやる。
腰に下げた黍団子をくれるならな」
老婆は相変わらずニヤニヤしながら私を見ていた。

私はすっかり軽くなった腰を上げ、家を出た。
老婆は見送ることもせず「桃が不味くならんように体を大事にな」と言った。
何ともやる気のない神の使いだ、この分なら私は桃に戻ることはなさそうだ。
最後に私は自分の生っていた木を見上げた。
「嵐で…桃が落ちた…」

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