わたしはピン札の一万円が入った封筒をおずおずと女に渡した。女は中身を確認することなく、受け取った。
「律儀だね。こっちは?」
女はわたしが次に差し出した小さな紙袋を見て、首をかしげた。
「助けていただいたお礼にと思って」
紙袋の中身は、水ようかんだった。デパ地下の色とりどりの甘いお菓子に悩んだ挙句、この暑さには水ようかんだろうと思い、買った。
「わ、おいしそう」
紙袋の中を見て、女の口から八重歯がのぞいた。笑うと、かわいい、とわたしは思った。そのまま、背を向け、別れようとすると、女が言った。
「ご飯食べた?」
「え? まだですけど」
「じゃあ、行こう」
すいすいと歩く女の横をわたしは必死で付いていった。
女は細いヒールを履いているのに、スニーカーを履いているわたしより、よっぽど軽やかで、歩くのが早かった。
入り組んだ路地にわたしは思わずあたりを見回す。ここは、女の住み慣れた町なのだろうか。
ところどころに灯り始めた飲み屋のオレンジ色の明かりがどこか祭りのようで、わたしは浮き浮きした。
その中の一つののれんをくぐった。店の中では、仕事帰りのサラリーマンと思しき人々が各々くつろいだ様子で酒を飲んでいる。
わたしはお酒を頼もうとして、女から止められた。
「弱いんでしょ。ここ、酒もいいけど、料理がおいしいからさ」
そう言って、女はもつ煮込みと出し巻き卵、肉じゃがを頼んだ。女はウーロン茶をふたつ頼んだ。
「なんで、クラブに来たの?」
「自分を変えたかったんだ」
「どんな風に?」
女がさらりと聞く。わたしは少し迷って、聞いてみた。