小説

『アコガレ』田中りさこ(『うりこひめとあまのじゃく』)

「昔話のうりこひめとあまのじゃく、知ってる?」
「あー、ちっさいころ、読んだ気がするけど、忘れた」
 そう言って、女は前髪をかき上げた。
「あれを読んで、すっごくドキドキした」
「ドキドキ?」と女が聞き返す。
「ハラハラドキドキの方のドキドキというより、こう……官能的な方向の」
「エロの方のドキドキってこと?」
「端的に言えばそう」
 初めて人に告白することで、声が震えた。
 軽蔑されるんじゃないか、いつもわたしにブレーキをかける思いより、話してみたい、との思いが上回った。
 わたしはあらすじを話した。女は口を挟まず、わたしの話に耳を傾けた。
 おじいさんとおばあさんのところに、瓜から生まれたうりこひめがやってくる。うりこひめは美しく成長し、評判は広まり方々から嫁に欲しいとの声が上がった。
 それを面白く思わないのがあまのじゃくだった。そんな折おじいさんとおばあさんがうりこひめを一人残して、出掛けることになる。二人は、あまのじゃくが訪ねてきても、決して中に入れてはいけないと教えた。
 けれども、うりこひめはあまのじゃくの懇願に心が揺らいで、そろりそろりと扉を開けて、ついにはあまのじゃくを家の中に入れてしまった。
 あまのじゃくはうりこひめの着物を脱がし、柿の木に縛りつけた。自分がうりこひめの着物を着て、成り済ますのだが、あえなく失敗して、退治されてしまう。
 わたしは声を潜めた。
「うりこひめが木に縛りつけられるあのシーン。子供心にすごくドキドキした」
 わたしは、絵本の挿絵を思いだす。気に縛りつけられたうりこひめの白い肌がほんのり桃色に上気しているさまを。
 女はウーロン茶を吹きだして、むせた。わたしはひどく慌てて、女におしぼりを差し出した。女はそれを受け取らず、口を手でぬぐった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14