「あの、ありが」
「お礼とか、いいからさ」
女はひどく苛立っている様だった。先ほどわたしを助けてくれた凛とした声の響きは錯覚だと感じるほど、刺々しかった。女は腕を組んで、見下したように言った。
「アンタ、馬鹿? カッコ浮きまくりだし、いいカモだよ。服に着られているって感じ」
「すみません、初めてで」
わたしは、入店一時間足らずで人の世話になる情けなさと惨めさで、声を裏返した。女はするりと組んでいた腕を解いて、さもおかしそうにくすくすと笑った。
「だと、思った。……わたしもさ、最初は酔いつぶれて散々な目に合ったんだよ」
名前も知らないその若い女は、口の片端を上げて、にっと歯を見せて笑った。口の端から片方だけ白い八重歯が覗いた。
「もう終電もないしさ、あそこで時間でも潰そう」
街の一角に煌々と光るファミレスを指さした。わたしはその言葉に従った。
ファミレスに一歩足を踏み入れると、白い明るさに目がくらんだ。ここは夜も昼も関係なく、時間が過ぎているような錯覚に陥る。
「アイスコーヒー。あんたは?」
わたしは言葉が出ない。さっきより、頭がひどくガンガンしているのは気のせいではない。女は私の答えを待たず、言った。
「お冷ひとつ」
席についたものの、頭に血が回らない。それどころか、今度は猛烈な吐き気に襲われる。それを察知したのか、女は強くわたしの腕をつかんで立ち上がらせると、トイレに連れていった。
「吐けば、楽になるよ」
一緒に個室に入った女は便器に顔を近づけるわたしの背中を優しくさすった。わたしは小学生の頃、風邪を引いて吐いた時、背中をさすってくれた母を思いだした。
女は席に戻ると、手慣れた様子で、わたしの靴脱がせてくれた。
「血、出てる」