小説

『アコガレ』田中りさこ(『うりこひめとあまのじゃく』)

 台風が過ぎ去って一週間が過ぎても、空はどことなく不安定なままだった。
 雨がパラパラと気まぐれに降っている日に、わたしはメイと再会した。冷房の効いたカフェは、ひんやりと冷たかった。
「連絡取れなくて、心配したよ」
「できちゃって」
 メイは少し疲れたような顔だった。
 できちゃって、わたしはその言葉の意味をすぐには理解できなくて、メイがお腹に手をやって、やっと分かった。
 ぺたんこのお腹には、赤ん坊なんてちっとも入っていなさそうだった。
わたしからは月並みな言葉しか出てこない。
「相手は?」
「ダメだよ。生活力ゼロだからさ」
 かすれた声には、いつもの凛とした響きはない。一気に老け込んだみたいだ。こんなメイは見たくない。
「家には頼れないの?」
「無理。ほとんど絶縁状態。うち、そんな余裕もないし」
「ねえ、わたしにできることある?」
 メイは何も言わない。ただ困ったように眉を下げた。からんとアイスコーヒーの氷が音を立てて、崩れた。
 わたしはそれを合図に立ちあがった。
「待ってて」 
 わたしはカフェにメイを残して、コンビニで限度額いっぱいお金を下ろした。仕送りと家庭教師のアルバイトで貯めたお金。そんなに稼いだわけじゃないけれど、何しろ使わないたちなので、まとまった額にはなっていた。
 お金を渡した時、わたしはそう口走った。
「ねえ、おろすの?」
 メイは答えなかった。ただ悲しそうな目をしただけ。
 わたしはメイの後姿をじっと見つめた。振り返って、そう願った。でも、メイは振り返らなかった。
「また、会えるよね?」
 わたしの声は雑踏に飲み込まれて、メイに届かない。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14