一瞬視覚を取り戻したのかと錯覚したテイレシアスだったが、直ぐにそれは目で見る世界ではなく、魂で感じ取っている、あるべき未来の世界だと気が付いた。そして、彼の心は躍った。自分は今、デルフォイの巫女やアポロンが常々見ているのと同じ風にして、未来をのぞき見ているのだ!
しかし、その歓びは、あっという間に打ち砕かれることとなった。
少し離れた場所に、泉が湧き出していた。背の低い草に囲まれたその水面は磨き上げた鏡のように澄み切っており、木立に陽光を遮られることによって、冷たさを保っているらしかった。一人の少年が、その際に立っていた。金髪の巻き毛を持ち、華奢で儚げな雰囲気を漂わせている。だがその後ろ姿にはある種の高慢さが感じ取られ、氷のような冷たささえあった。
彼の向こう側には、泉を陽の熱から遮る木の陰に隠れている者があった。彼に夏の日差しのように熱い眼差しを向けているのは、均整の取れた堂々たる体躯を誇り、赤みがかった金髪を背まで垂らした、彫像のように美しい青年――他ならぬ、アポロンであった。そして、傍らにいるのにもかかわらず、一顧だにされず惨めったらしく座り込んでいるのは、真っ直ぐ伸びた黒髪の男。良く見ずとも分かる――他でもない自分自身だった。
テイレシアスには、その場面の意味が嫌でも手に取るように分かった。そして、今まで味わったことのないような苦しみが、テイレシアスに容赦なく襲いかかった。崖から突き落とされ、全身を打撲したかのような鈍い痛み。喉が焼け爛れ、息が出来なくなるような、あまりに激しい熱さ!
――アポロン様は自分を捨てる! そして、他の男に走るのだ!
美しい太陽神に恋人が数多いて、自分はその一人に過ぎないのだという事実に対し、テイレシアスは嫉妬も怒りも覚えたことはなかった。しかし、それは自分がアポロンの恋人の座の一つに、いつまでも腰を据えていられるという自信と確信があればこそだった。だが、自分を最早顧みることもせず、その原因が他の男にあるという未来を知った今――テイレシアスの尊厳は、今までに無い程傷ついていた。
一体如何にしてこのような顛末から逃れられるのだろう? テイレシアスは必死に、心眼を凝らして魂に浮かび上がる光景を隅々まで見つめた。だが、運命の女神は何一つ手掛かりを与えてはくれなかった。そればかりか、アポロンが氷を溶かそうとする日だまりのような表情を浮かべ、愛おしそうに少年の側に歩み寄って行く――自分には見向きもせずに――という、目を蔽いたくなるような場面が進行するだけであった。
つまり、自分が愛を失うのは、絶対に避け得ぬ運命ということなのだろうか。
――予言の力なんて、求めなければ良かった。