小説

『汝自身を知れ』柳氷食(ギリシア神話『変身物語』)

 テイレシアスは己の良心と恋をしばらく戦わせたが、結局まさったのは、恋の方だった。自分を差し置いて、顔も知らぬ美少年に耽溺する神に、せめてもの報いを受けさせてやりたいという、暗夜よりもなお暗い瞋恚の炎を消すことなど、不可能であった。
 テイレシアスは長い沈黙を破ると、不安そうに彼の言葉を待っている母親に対し、短くいらえた。
「『汝自身を知れ』。さすれば、長く平穏な人生が保たれるであろう」 
 テイレシアスは太陽神に、ささやかな意趣返しをしたのであった。

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