ある日、アポロンはテイレシアスと愛の戯れをしながら、いつものように愛しい男のために差し迫っている未来の出来事について聞かせていた。
「テイレシアス、お前はこの先二柱の神に呼び止められる。そこで、『男か女か』という質問をされるが……『男』と応えれば、災難には遭わずに済む。逆に『女』と答えたのなら、お前は永遠に光を失うだろう。しかし、その見返りとして、私と同じように未来を見通す力を得ることになる」
「男か女か? それは一体……どのような問いなのでしょうか?」
「詳しいことまでは分からなんだ。ふふっ、だが両方の性別を体験したお前にさぞ相応しい質問なのだろうよ」
そう言いながら、アポロンはテイレシアスの夜より深い色の髪に手を差しいれ、耳元で官能的に囁きかけた。
「まあ、お前に未来が見えている必要はない。私がいつも、お前の未来をより輝かしい方向へと導いてやるのだからな」
頬を僅かに薔薇色に上気させながら、テイレシアスはうっとりと髪を手櫛で弄ばれるままになっていたが、その胸中にはある考えが浮かび始めていた。
――自分が、アポロン様の未来を透視すればどうだろう?
自分の顔を見ることが出来ないように、予言者もまた、自身の運命について明白に知ることは決して出来ない。アポロンは最も偉大な予言者でありながらも、その定めから逃れることができないでいることを常々嘆いていた。
彼はテイレシアスの他にも数多く恋人を持っていたが、彼らの大半とは、悲劇的な結末を迎えていた。それを避けさせるように助力することはすなわち、敵に塩を送るようなものだが、テイレシアスは自分を変わらず愛し続けてくれるならば、アポロンが他の者を愛そうとも構いはしなかった。また、この自分を溺愛してくれる美しい神に、人生を捧げることも厭わないと考えるほどの愛を奉じていたので、視界を奪われることくらい何とも思わなかった。
さて、早速翌日の日中に、予言された時がやって来た。テイレシアスが山中を歩いていると、二人の男女が言い争っている場面に出くわした。どちらもいとも高貴な身なりで、人間のものとは思えぬような優れた風采をしていた。それは神々の王である天帝ゼウスとその妃ヘラであると、テイレシアスは一目見てすぐに理解した。夫の方は妻を窘めるような表情で、妻はどうにも溜飲が下がらないといった顔で夫を睨み付けていた。その様子は人間の夫婦と何ら変わりなく、どうやら戯言に興じているらしかった。