調べたわけではないので室町時代の昔にその楽器があったのか分からないが、原始的な作りであるような気がするのであっても不思議ではない。たいてい二本一組になっているものだが、一本だけのマラカスがあってはいけないという法はない。片方は何かの事情で失われたのかもしれない。いやマラカスだとするとなんでマラカスがこんなに大切に保管してあるのか。そして溶けた鉄に浸されて溶けないマラカスなんてあるのか。まあいい振ってみれば分かる。
Nは周りの錆を完全に除去し、それを手にとってみた。それは見た目に反してお箸のように軽く、軍手を通しても分かるほどの温もりを湛えていた。訝りの表情を浮かべて、軽く打ち振ってみた。
すると実験台の上にほっぽり出していた鉛筆の輪郭がまるで高速で振動しているかのようにぼやけ、突如バリバリと青白い稲妻に似た光に包まれた。その光はぐんぐん大きくなってゆき、薄暗い実験室を白く照らしだした。
Nは何が起こったか分からないながらも本能的に危険を察知し、身を引こうとした拍子に椅子から転げ落ちた。手からマラカスがすっぽ抜けた。
天地がはっきりすると、光はもう消えていた。おそるおそる台上を覗きこむと、直径4㎝、全長40㎝ほどの大きさになった鉛筆が横たわっていた。
室町―――謎のマラカス―――鉄の封印―――巨大化した鉛筆。
このとき彼の脳裏でこれらのイメージが重なり、一つの単純明瞭な答えにピントが合った。
「一寸法師…」
屋敷の主の正体が特定されると、人数を増やした詳細な発掘作業が極秘に展開された。しかし一寸法師本人の痕跡はおろか一族郎党の痕跡すら見つからなかった。おそらく一寸法師の隆盛を危険視した幕府が、その存在を現世からも歴史からも抹消しようとしたのだろうと推測された。鉄の封印も、幕府方にマラカスこと「打出の小槌」を奪われることを恐れてのものだったとすれば納得できる。
その裏で、小槌がその効力を未だ失っていないことが証明されるやいなや、物体を巨大化させる原理を解明するプロジェクトが立ちあげられた。国家レベルの科学者たちが全国から召集され、チームを組んでその任務にあたった。彼らがまず明らかにしたのは、小槌が地球上に存在しない物質で作られているということであった。その後数年間に渡る解析、実験の結果、人やモノを巨大化させる原理が明らかになっただけでなく、それを応用して小さくする原理も発明され、日本はこの効用の再現と実用化に国を挙げて乗り出した。
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