小説

『地球話打出騒動(てらがたりうちでのそうどう)』石原計成(『御伽草子』より『一寸法師』)

 西暦二一XX年、日本があらゆるもののサイズを操作可能にする技術を実用化してから一世紀近くが経とうとしていた。
 「コヅチメソッド」と呼ばれるこの技術は、まず長年人類を悩ませてきた資源・食料問題を解決するべく研究・開発が進められた。すなわち、コヅチメソッドを用いて枯渇しているものを巨大化させ、その不足を補おうというのである。
 試行錯誤の末に、1バレルでも石油があれば、それをコンテナに入れて増加させることが可能となった。つまり新たに採掘することなしに、石油、液化天然ガス、ウランその他の生産量を増やせるようになったのである。これはそのまま化石燃料産業の縮小と、資源の持続可能性の増大を意味した。
 食料についても同様の次第で、コヅチメソッドの輸出が国策として明確に位置づけられると、やがて地上からは「飢餓」や「栄養失調」という言葉が消えた。ワクチンの不足で死ぬ者もいなくなって人類の平均寿命はさらに伸び、人口の爆発は留まるところを知らなかった(先述のNが神格化され始めたのはこの時期からである)。
 やがて一般家庭に向けてコヅチメソッドの効用を備えた量産型製品が販売された。車や自転車は小さくしてポケットに入れてしまえば済むので、駐車場が次々と消えてあとにはマンションが建った。家具の配送サービスや引っ越し屋は過去の遺物となっていった。
 通常家庭用の商品は爆発物や銃器などの危険物と生きものに対して無力化してあるのだが、そのガードを違法に外して悪用する者も出始めた。
 ある男は自らを縮め、ラジコンのドローンに乗り込んで通勤しようとしたところをカラスの襲撃によってあえなく撃墜され、あわや捕食というところを生き延びた。
 ある男は意中の女性のバッグに忍び込み、部屋を物色していた所を御用となった。
 あるペットショップの女主人は、年老いた動物たちを小さくして子猫や子犬と偽って販売した。
 いじめを受けていた中学生が自らを巨大化し、いじめっ子三人を本気で踏みつぶそうとして追いかけ回した末に校舎の一部を破壊した事件は大きな社会問題となった。
もちろんこの技術の悪用を試みたのはいわゆる一般人だけではなく、軍事目的でコヅチメソッドを悪用する国も次々と現れた。
 ある小国は核弾頭と称するミサイルを巨大化して見せ、大国に対する示威とした。各国のスパイは自らを小さくしてどこにでも忍び込んだし、テロリストたちは危険物をどこにでも持ち込んだ。
 この不穏な動きに対処するためにコヅチメソッド関連国際法が整備されたが、それを遵守する気配は見られず、政治的緊張は高まってゆく一方であった。

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