幽霊と言えば死装束だ。しかし、あの少女の着物は真っ白な布地ではあるが、よく見ればちゃんと小さな花の模様が入っている。それに、頭に天冠もしていない。何より、足もちゃんとある。
「よかった、普通の人間か……いや、まてよ。江戸時代以前の幽霊には足があるって、前にばあちゃんが話していたような……」
ふと、以前祖母から聞いた話を思い出したが、それを詳細に思い出すのはやめた。決して、怖いからではない。ただ、今は目の前の光景に集中しようと思っただけだ。第一、祖母の家が多少違えどそのままここにあることからも、この夢が江戸時代以前のものだとは考えにくい。
もう一度言っておく。決して、怖いからではない。
そろりそろりと足音を忍ばせて、辺りを見回しながら歩く少女は、何処からどう見ても挙動不審に見える。尤も、そんな少女を隠れながら見つめる草太自身も十分不審ではあるが。
「一体、何しているんだろう。それにしても、あの子、何処かで見たことあるような……」
何処でだっけ、と草太が顎に手を当てて考える。
あとちょっとで思い出せそうなんだけど――。
と、思っていた矢先、彼女が門の前で立ち止まった。そして、あ、と声を出して、こちらに走り寄って来た。
「え、嘘、見つかった!?」
動揺のあまり声を漏らしてしまった。慌てて口を押えて、静かに息を潜める。
一歩、また一歩と少女は近付いてくる。草太の心中はパニック状態に陥っていた。
「あった、あった!」
嬉しそうに叫びながら、少女は駆け寄った――草太ではなく、門の側に咲いていた紫陽花に。
「……何だ、紫陽花か」
彼女の目当てが紫陽花だと知って、ほっと草太は安堵の息を吐く。先程からかいてばかりいる汗をぐいっと手の甲で拭った。
そんな草太の心境など全く関係ないといった風に――尤も、全く関係ないのだが――少女はふふふ、と笑いながら、じっと紫陽花を見つめている。
そうかと思えば、不安げに視線が彷徨い始めた。紫陽花に手を伸ばしたり引っ込めたりを何回も繰り返す。
彼女のそんな姿に、「何をしているんだ?」と草太が訝しんだその時、意を決したように少女が紫陽花を掴んだ。