小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

 医師は白いハンカチをポケットから出すと、女性に渡した。女性は、ハンカチで涙を拭い、目を伏せた。
「すみません、私、あの」
「確か、明日キャンセルが入っていたね。急にはなりますが、明日、予定はいかがですか?」「お願いします」

 女が頭を下げて、扉を閉めると、看護師が言った。
「先生ってば、無理して手術の予定入れて、体調崩しても知りませんよ」
「あはは、ばれたかい?」
「当たり前です。先生のスケジュール管理は、私がしているんですよ」
「怒ったかい?」
「先生は、優しすぎます」
 看護師は、そっぽを向いた。
「まあ、何、今の時代はやっぱり就職が大変だって聞くからね。見た目がすべてじゃないとは言いつつも、誰もが万全な状態で面接に望みたいものだよ」
「やっぱり先生は、優しすぎます」
 そう言った看護師の言葉に、棘はなかった。

 仕事を終え、看護師が家に着くころには、時計の針は七時を過ぎていた。看護師はテレビを点けた。
「こぶ、それは女性の敵。ある日突然あなたの身にも訪れます。今日はそんな時慌てずに対処できるよう事例を交えて、特集します…」
 

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