小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

「ある意味、胸みたいなものだよ。人類、そう女性は進化して、異性に対する新しいアピールポイントを生み出したといっても過言ではない」
 医師の言葉に、看護師はどう反応していいか戸惑っていた。医師は、胸元からデジタルカメラを取り出して、レンズを看護師に向けた。
「君、手術代は無料だよ。その代わり、ソーシャルメディア、動画、とにかく、ネットに君の姿を広めよう」
「そんなことして、どうするんですか?」
 看護師が鏡から目を離し、医師を見ると、医師はすかさず言った。
「鏡から目を離さないで」
 看護師は、しぶしぶ鏡に目を戻した。
「つまりだよ、こぶが流行りはじめて、私はいち早く、こぶの研究に取り組み、思ったんだよ。これは病ではなく、進化なんだと。分かりやすく言い換えれば、排除するものではなく、受け入れるものだとね」
「受け入れる?」
 医師は深く頷いた。
「現に、どうだい? 君は、自分の顔に違和感を覚えるかい?」
 看護師は、鏡に映ったこぶ付きの自分の顔を見たが、不思議なことに違和感がなかった。毎日こぶをつけた患者を見続けたせいだろうか。
「世間も同じさ。そりゃぁ、最初は未知のウィルスだ、見目麗しくないだとか、ニュースからワイドショー、果てはバラエティー番組で取り上げられ、結果として、我々はこぶ付きの顔に“慣れ”てしまったのさ」
 

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