小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

『こぶのこと、もう悩まない。誰にも知られず、簡単に薬で治療!』
 それを見た看護師は、苦笑した。
「今、有効なのは、切除することなのに」
 実際に、ネットで買った飲み薬で効果がなく、飲み薬のせいか二倍近く腫れ上がったこぶを抱えた女性患者がクリニックに駆け込んできたこともあった。
 さらに厄介だったのは、得体のしれない塗り薬をこぶに塗り、こぶ含む顔全体の皮膚が炎症を起こした患者だ。今も治療のため、長期通院している。
 そんな患者を見て、看護師は口には出さないものの、自業自得だと思ってしまうことがある。
だが、医師はそんな患者にも、柔らかな物腰で対応し、感動した患者は涙するのだ。
 その様子を見て、看護師は未熟な自分を恥じることも度々だった。と、同時に、医師のもとで働けることが誇りでもあった。
 看護師は、ふと思い出したように、検索欄に『こぶとりじいさん 昔話』と打ち込んだ。

 
 翌日は朝から、手術の予定が詰まっている。手術前に、医師は患者に再度手術のリスク説明を行い、最後にこう尋ねた。
「切除部位の持ち帰りを希望しますか?」
 医師の言葉に、患者は驚いたように答えた。
「え、要らないわよ」
「それでは、こちらで処理してよろしいですか?」
 医師が丁寧にそう言うと、患者は、自分のコブに触れ、笑い声をあげた。
 

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