小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

「え? そんなに早いんですか?」
「こぶというのは、かさぶたのように、本来の皮膚の上に、こぶがくっついている状態です。ですから、うまく切除すれば、縫いあわせる必要がなく、時間もそれほどかからないのです」
 医師の説明を聞くにつれ、女は安堵した顔になり、口調もワントーン明るくなった。
 手術日の予約をし、会計を済ませる頃には、女は笑顔を浮かべていた。といっても、口元はマスクで隠れているので、目の表情だけだが。
 看護師は、患者の変わりようにいつも驚かされ、それが看護師の仕事のやりがいでもあった。

 休む間もなく、次の患者が診察室に入ってきた。
 若い女が右頬に両手を当て、虚ろな表情で入って来た。
 医師の説明にも、虚ろな反応を示す女に、医師はパソコンのモニターにこぶ切除前と切除後の画像を映した。
「手術後すぐの写真では、ほんのりと赤みがありますが、三日ほどでこの赤みも取れますし、化粧をしたら、ほとんど気にならなかったと言う患者さんもいらっしゃいます」
 女性は、頬に手をやりながら、瞬きもせずにモニターを見つめている。
「ここまでの説明で、ご質問や心配なことは、ありますか?」
 医者が問い掛けると、女は一拍置いてから、言った。
「…すぐに、できますか? 私、今、就活中なんですよ。書類選考でいっぱい落ちて、就職浪人も覚悟してたけど、やっと、面接に進めたんです。来週、本番なのに。こんな顔じゃ…」
 ここまで言った女は、嗚咽を漏らした。
 

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