小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

「先生は、こぶに悩む女性を救いたいと思って、このタイミングで?」
「まあ、好きに解釈してもらってかまわないよ」
 饒舌に語る医師を見て、看護師は黙り込んだ。

 その夜、誰もいない研究室で、医師はウィスキーを片手に一人晩酌していた。
 医師は、目の前の棚を見上げ、満足げに大きく頷いた。壁を覆う大きな棚には、培養液に漬かったこぶがびっしりと並んでいた。
 医師は切除したこぶを用い、地道に実験を繰り返し、人工的なこぶの培養に成功したのだった。

 今日も変わらず、クリニックは繁盛している。受付嬢が、こう問い掛ける。
「こぶの切除ですか? それとも、移植ですか?」
 医師がこぶを研究し、分かったことが、もう一つある。
 それは、一度感染したら、もう二度と感染しないということ。つまり、遅かれ早かれ、全女性からこぶを取り尽くす日が来る、ということだ。
 商売上手とは、時流に乗ることに加え、新たな時流を生み出すこと、それが医師の心得である。
 医者は白衣をまとい、診察室に向かった。

 

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