「私が誰だか、君にはわかっているだろう」
声が震えてしまうのを悟られないように、コワリョーフ氏は低い声でゆっくりとそう言った。
「さあ。存じません」
鼻男はマントで半分を覆われた顔を見つめている。
「私はその・・・コワリョーフだ」
「コワリョーフ?そうすると、あなたは私と同じ名前なのですね」
「そうだ。いや、違う。いや・・・つまり、君が私を名乗っているのだ」
「なんのことだか、さっぱりわかりませんが」
「しらばくれないでほしいね。君はいったい誰に頼まれてこんなことをしているんだ」
「頼まれて、とは、どういうことでしょうか。私は私自身です」
ふたりの男の声色はそっくり同じものだったが、その話しぶりや態度はまったく似ていなかった。鼻男の声は静かだが風格があった。一方、コワリョーフ氏はマントから見え隠れする二つの目玉をただあちらこちらと移動させるだけ・・・。
「これ以上お話しすることはないでしょう。それでは失礼します」
そう言うと、鼻男は屋敷に入ってしまった。
あわてたコワリョーフ氏は、鼻男に続いて門扉を開け、屋敷のドアをノックした。すると、すぐに執事が顔を出した。
「どちら様ですか」
やはり執事はコワリョーフ氏のことをまったく覚えていなかった。とっさに、コワリョーフ氏は一度もこの屋敷には顔を見せたことのない友人の名を名乗った。