その娘は、コワリョーフ氏の遊び相手のなかのひとりだった。しかし、娘の母親は二人を結婚させるつもりで、しつこく結婚の日取りを決めようとするのを今日までなんとかのらりくらりとかわしてきたのである。
三人はだれの目にも新婚夫婦とその母親のように見えただろう。
何という勝手なことをしてくれたのだ、とコワリョーフ氏は憤った。そのくせ、母娘と家族のように睦まじくしている男に嫉妬心が沸くのであった。
コワリョーフ氏は気づかれないように三人のあとをつけていった。娘と母親は、角の帽子店に二人して入っていった。往来には鼻男一人が残された。男はしばらく店の前で佇んでいたが、やがて一人で歩き始めた。
道筋からいって、鼻男はどうやら屋敷に帰るつもりらしいのに馬車にも乗らず、歩きつづけた。しかたなく、コワリョーフ氏もそれにつき従った。むろん、隠れながらである。
鼻男は後ろをひた歩くマントの男に少しも気づかない。
ようやく屋敷が見えてきた。鼻男が門扉に手をかける。コワリョーフ氏は思いきってその後ろ姿に声をかけた。
「きみ!」
鋭い声があたりに響き渡った。
「きみ!こんなことはもう、いい加減よしにしてくれないかね」
鼻男はゆっくりと振り返った。コワリョーフ氏を見ても少しも動揺する様子はない。
「どなたでしょうか」
落ちついた声で、鼻男は言った。