小説

『鼻の居所』あおきゆか(『鼻』ニコライ・ゴーゴリ)  

 そこで私はひとまず鼻を無視して輪郭を描いた。おまえなんぞ見ていないぞ、と鼻に知らせてやったのである。私はまず眉と目を描き、しばしの空白を置いて唇を描いた。その間も鼻は私をじっと見ていた。私は、やや禿げ上がった金色の巻き毛を描いた。最後にタキシードに包まれた上半身を描いたところで、あとは持ち帰って仕上げをしたいと申し出た。するとコワリョーフ氏が絵を見たいと言い出した。むろん、鼻のない絵など見せられるわけがない。
「いえいえ、まだその、色合いなんぞが決まっておりませんので。すっかり描きあがりましたらお見せします」
「そうか。お前がそう言うなら楽しみにしているぞ」
 屋敷を出ると、私は鼻なし肖像画を抱えてアパートに戻った。モデルの顔は忘れても、あの鼻ならしっかり眼下に焼きついている。いや、焼きついて離れないというべきか。

 だが、いざとなると私にはどうしても鼻を描くことができなかった。屋敷からは早く絵を渡せと、毎日矢のように催促があるというのに、今ではアトリエにある描きかけの肖像画を見ることすらできない。
 期限はあと三日しかない。コワリョーフ氏の屋敷では間もなくパーティが催されることになっており、私の描いた肖像画がそこで披露されるという話だ。そのパーティが三日後に迫っているのだ。

 きょう私は、夜も明けきらぬうちに目を覚ますと、なんとしても鼻を描き上げるつもりでまっすぐアトリエ部屋に向かった。
 

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