小説

『鼻の居所』あおきゆか(『鼻』ニコライ・ゴーゴリ)  



 肖像画を描くにあたって最も注意すべき部位は鼻であると、私は常々思っている。
 だが絵描きを職業としながら、私にはこの鼻というやつを描くのが嫌でならない。鼻は口のように物は言わないし、目のように睨みつけもしない。ただいつでも顔の真ん中にじっとしている。およそ表情というものがない。だからこそ、私には鼻が何かを隠しているように思えてならないのである。

 今から数か月前、私はコワリョーフという名の役人から肖像画を描くように依頼された。コワリョーフ氏はいかにも自尊心の強い、厚顔な男であった。しかも氏の屋敷に出入りするようになった私がその家の下男たちに聞いたところによると、彼は間もなく四十になろうというのにほうぼうで若い娘に色目を使う女たらしなのだそうだ。結婚をせまられるたび、言葉巧みに逃げ回っているとか。
 むろん、そんなことは私には何の関係もないことではあった。私はただ絵描きとして、コワリョーフ氏のご尊顔を、その卑しい本性はちらとも感じさせない堂々たる紳士に仕上げるつもりである。
 しかし、実際のところ肖像画は顔の真ん中だけいまだできあがっていない。なぜというに、私にはどうしてもコワリョーフ氏の鼻を描くことができないのである。
 氏の鼻はいわゆる鷲鼻と呼ばれる形をしており、それなりに役人らしい威厳を帯びている。コワリョーフ氏自身も、どうやら顔の中で鼻をいちばん気に入っているらしく、始終得意げにそいつの頭を撫でたりさすったりしていた。
 私はさっさと鼻からとりかかってしまおうとした。しかしいざ鼻をまじまじ見つめると、なんだかそれは顔の一部分ではないような気がしてきた。鼻は、自分はたまたまここにいるだけだ、気に食わないことがあったらいつでも消えてやる、という勢いで私を見ていた。
 

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