小説

『白雪姫は何人?』こさかゆうき(『白雪姫』)

「あの話って、『こうしなさい』とか『こうあるべきです』みたいなことが、あんまりないんですよね。赤ずきんちゃんがおばあさんの家におつかいに行って、その途中で寄り道して花を摘んでたらおばあさんが狼に食べられてて。赤ずきんちゃん自身も食べられちゃうんだけど」
 そこまで話して、香取は海ぶどうをつまんで口に入れた。
「結局、狼は猟師に腹を裂かれて死んで。赤ずきんちゃんは『もう二度と道草はしない』と心に誓うわけですよね」
 確かに、そんなストーリーだ。
「それって一見教訓めいているけど、ほかの物語に比べたら薄い。子どものころ、ばあちゃんにいろんな話を読んでもらったけど、『金の斧と銀の斧』とかは嫌いでした。嘘はつくな!って、そのまんまだし。理解はできるけど、共感できませんでした」
「確かに、あの話は典型的な教訓話ですもんね」
 私はだし巻き卵を頬張って、気になっていたことを尋ねた。
「香取さんは、教訓が嫌いなんですか?」
 香取が笑った。
「う~ん、どうだろう。童話とか昔ばなしって一方的に価値観を押しつけられてるような感じがして、全般的に苦手です。視点が偏ってるというか。子ども向けのお話だから、複雑なことを言ってもしょうがないんでしょうけど」
 島らっきょうにかつお節をのせようと奮闘している香取の姿を横目に、わたしは彼の言ったことを頭のなかで反芻していた。価値観を押しつけてる、か。
 

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