小説

『白雪姫は何人?』こさかゆうき(『白雪姫』)

「確かに教育者として、中島先生の言うことはわかります。とても正しいと思う。社会に出たとき、みんなが白雪姫を演じることなんてできないんです。でも、自分の正論を子どもに押しつけているという意味で、二人はおんなじだと、僕は思うなぁ」
 グラスに残った泡盛を一気に飲み干し、香取は同じものを注文した。
 わたしが、正論を押しつけている?ビールのグラスを持つ手に、思わず力が入る。
「わたしはなにも、生徒に押しつけてなんか…」
「僕はこの件に無関係なので、無責任なことを言いますけど。ぶっちゃけ、白雪姫なんて、何人が演じてもいいんですよ。100 人の白雪姫が出てきたっていいと思うんです。逆に 1 人でもいい。生徒たちが自分で考えて、納得しさえすれば、どっちでもいいんです」
このときになって、私はようやく香取の言わんとしていることが飲み込めた。
 私は教師の役割を忠実に演じようとするあまり、肝心の生徒を置き去りにしていたのだ。相手が小学生だから判断能力がないと勝手に思い込み、自分の価値観を押しつけようとしていたのだ。その親とわたしのどっちが正しいなどという議論は、そもそも成立していなかった。
 25年の人生のなかで、わたしは多くの知識と常識を身につけてきた。しかし、得てきたものがある一方で、失ってしまったものもあるのだ。
 私は急に恥ずかしくなって、二杯目のオリオンビールを一気に飲み干した。
「なんだか酒の勢いで、余計なことまで喋っちゃいました」
 黒い顔を赤く染めて、香取がそう言った。わたしは何も言わなかった。いや、言えなかった。
「ここのソーキそば、うまいんですよ。食べます?」
 

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