会社の座席は番組ごとに分かれていて、各番組のシフト表を手にした事務方の担当者が、それを見て座席の配置を決めていくのだが、当然その名前のないシフト表を見た事務方の担当者は当然名前が無い事情も知らないわけで、なんの悪意も無く、ただ無自覚に誠実にシフト表通りに人員の席を配置して、そしてシフト表に名前の無い席は機械的に無くなり、仮にもエースと勝手に思っていた自分の席が無くなるなんて考えたことも無く、でも本当はエースでも何でも無く、会社は若いからポジションを与えてくれていただけで、そして若いからポジションをくれていたという事実に、それこそ若いから気づかずにいただけで、そんな若い頃から夜明けを目指して無心で戦ってきた若者は、いつしかその戦うための唯一の武器だった若さもやがて無くなり、若い後輩たちに取って代わられ、自らの闇はさらに深く暗くなり、もう夜は決して明けることなどないのではないかと思うようになった38歳の夜明け前だった。
番組が無くなり浪人になったことで、その間何本かの単発番組で飢えをしのぎつつ、それは今までの殺人的な忙しさから比べればだいぶ暇であり、特に多忙を極めていた年末年始が2009年の正月は初めて時間ががっつりできたので、『夜明け前』の作者・島崎藤村の生まれ故郷で、作品の舞台でもある木曽の山奥・馬籠宿を訪ねてみたら、残念ながら生家は焼失していたが離れが一部残っていて、ここが藤村の父のことを題材にした『夜明け前』の舞台なのかと思うと、あまりにゾクッとして、宿のはずれにある展望台に登ってみると、籐村直筆のニーチェの言葉が彫られていた。