小説

『Still Before the Dawn いまだ、夜明け前』角田陽一郎(『夜明け前』島崎藤村)

心を起さうと思えば先ず身を起せ

この言葉を信じ続けて『夜明け前』を書いた島崎藤村は、きっと自らも自らが夜明けを迎えるために『夜明け前』を書いたんじゃないだろうか?などと勝手に自分の身上を重ね合わせ、そんな夜明けを迎えるための啓示を馬籠宿で受けて、まずは身を起こして新しい企画を日々ぐりぐり考え続けていたところ、ちょうどその頃黒船来襲を取り敢えず乗り切った赤坂の放送局は外からの再度の襲来に備えるべく、まるで幕末の江戸幕府が西洋式海軍を創設したように、社内ベンチャー事業の新企画募集をしていて、660円と600億円の違いに愕然となったあの黒船襲来から自分の脳内に灯ったかすかな光は、テレビ番組レベルの動画をネットで独自発信して、番組製作力をテレビの中だけでなくテレビの外のネットでも存分に使えば、素人動画主流のネットの中で十分に戦えるのではないか?という骨子の新たなネット放送ビジネスの企画書に結実し、締め切りギリギリに応募したところ、なんと採用され、それこそ脱藩した坂本龍馬が海援隊を作ったように、この企画募集で初めて出会った同じ志の何人かと、ネットで独自番組を作るネット放送会社を設立することになり、今までバラエティ番組しか作ったことないのに期せずして会社を作ることになり、それこそバラエティって“いろいろ”って意味だろ?って入社の時思ったいろいろがまさかネット会社にまでなるとは思いも寄らず、それこそこのネット会社で夜明けを迎えるのだと、いよいよ夜明けが来るのだと、まさにウェブの海に意気揚揚と漕ぎ出した39歳の不惑前の夜明け前だった。

設立したネット放送会社で独自のバラエティ番組をそれこそ毎日じゃんじゃん作り始め、ウェブの海に意気揚揚と漕ぎ出したのであるが、開始当初はこの新たなネットビジネスがうまくいったら、幕末には開国が幕府を潰したように、テレビ界をぶっ潰しちゃうような倒幕運動になっちゃうんじゃないかなんて要らぬ心配をしたりもしたのだが、やがて1年もすると、それはやっぱり要らぬ心配で、和魂洋才とは昔も今もよく言ったもので、テレビ番組のノウハウという“魂”をネットという“才”で使ってみたところで、なかなかビジネスにはならないことをまざまざと痛感させられ、そんな中いよいよ“不惑”などと言われるのに、自分は惑ってばかりだなと自虐的な気分で40歳を迎え、そんな毎日で花粉症と肩こりがひどい春のある日、会社サボって15時にマッサージを予約して、20分前くらいに局舎ビルを外に出ると、空が不気味にざわめくのでふと見上げると、カラスがとぐろを巻いていて、これはなんなのだ?と驚く間もなく、足の下の地の底から巨大な振動が襲ってきた。
 

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