小説

『Still Before the Dawn いまだ、夜明け前』角田陽一郎(『夜明け前』島崎藤村)

田中洋平がテレビ局に就職したのは1994年の4月だった。
大学では文学部で西洋史を専攻し、専門はフランス革命で本当は大学院に進んで研究したかったものの、君のような成績じゃ受かんないよと指導教官に言われ、当時は4年生になって就職活動をするのだが、特に何も考えておらず、いざ考え始めるとスーツを着て会社に向かう自分が想像できず、それでいて大学時代に少しだけかじった演劇で役者なり演出家なりで生きていく選択というのも考えには考えたが、当時流行り始めたフリーターという生き方を選択しながら演劇に明け暮れている貧乏そうな先輩方を見て、そんな生活も嫌だなと思った時、ふとテレビ局に就職して番組でも作るのを生業にすれば、とりあえずサラリーマン的な安定的な生活もしながら、少しでも創作活動にコミットできるかもしれないと考え、複数あるテレビ局の就職試験を受けようと思うにいたり、OB訪問で話を聞いた先輩曰くテレビ局の特に番組制作は激務で厳しいよと言われ、言うなれば演劇の小屋入りする当日が毎日続くようだよとも言われ、そりゃ小屋入りは大変だけれども、それが毎日続くのも悪くないなと、幕が上がる準備をする毎日も悪くないなと思い、実際の就職面接ではまさに就職氷河期で面接では無難なことしか言わない学生が多いのを尻目に、入社したらエッチな番組が作りたいです!の強気なのかよくわからぬ一言が功を奏したのか珍しかっただけなのか、なんと民放で一番お固い赤坂の放送局に内定をもらい、就職先が決まったら決まったで何もすることがない卒業の一月前に行った旅先で、歳上のメーカーサラリーマンと偶然知り合いになり、飲みながら君は卒業したら何をするのか?と質問され、エッチな番組を作ると答えたら、そんなふざけた職業を君は一生の職業にするのか?と説教され、しかし血気盛んな若者は、もし戦争になったらいらないって言われる職業こそ、真の文化を作るのだ!とかなんとか生意気に反論したりして、どんな激務でもいいから早くとりあえず働きたいってうつうつとしていたのが23歳の夜明け前だった。
 

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