小説

『プラネタリウムの空』中野由貴(『シンデレラ』)

「……思い出せない」
 お店は大変にぎやかだった。奥の厨房からは、フライパンでなにかをいためている音やオーダーをコックに伝えるウエイトレスの声が聞こえてくる。まわりからはお皿やフォークがガチャガチャいう音が響いている。
「おまたせしました。オムライスです」
一つ、
二つ、
三つ、
そして四つ目のオムライスが私の目の前に置かれた。
 テーブルの上の四皿のオムライス。父はグラスにビールをついで、まず一口おいしそうに飲んだ。
「ああ、うまい」
昔の私がオムライスをほおばった。
「おいしい」
「久しぶりだわ」
と、 母も一口食べる。
 私も一口。オムライスにはケチャップがたっぷりかかっていて私の好きな味がした。
 三人の食事が終わる。父が立ち上がった。「ごちそうさま」
 私は胸がいっぱいで、食が進まずまだ半分くらいしか食べていない。どうしよう、このままだと離れてしまう。
 そのときだ。
「あの、すみません」
立ち上がった父の影が私のほうを向いてはなしかけた。
「後ろに私の帽子があるのですが」
 振り向くと壁のコート掛けに帽子がかかっている。
 帽子は影ではなかった。うす茶色で側面に一個所、鮮やかな赤い鳥の羽がひとつアクセントについている。
「あ、お取りしますね」
 私は立ち上がって帽子を取った。そうして、目の前の父に渡した。
「ありがとうございます」
 父が帽子を受け取ると、帽子は影になって、父の影とまざりあった。私は目の前の父と花の影を見つめた。二人の影からほんの一瞬、懐かしい顔が浮かんで見えたような気がした。
 この私の姿が、三人には見えていたのだろうか。
 

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