「そんなはずはないか」
これらすべては映像のはずだから。その証拠にあの時の私が横にいる。なにより今の私はあの日の父と母よりずっと年老いているのだもの。きっと娘だとは思うまい。だけど、帽子を渡したことは本当におこったことだった。
「お父さん、お母さん。ありがとう」
店を出ていくふたつの影に向かって、私は小さくつぶやいた。私は三人を追いかけるのはやめた。
ずっと思っていたわだかまり。父の影がお金を払っている。それでよかったのだ。私はごちそうしなくてもよかったのだ。娘として両親に甘えていたからよかったのだ。
このあと三人は東京駅へ向かう。
それが三人で集まった最期の思い出になる。
…もっと甘えておけばよかった。
二人の影と昔の私が店を出るのを確認すると、私は座り直して残りのオムライスを食べた。自分の皿だけをじっと見ながら、残さず食べた。目の前にはさきほどまでいた三人の、残さず食べられところどころケチャップがついた白い皿が三枚と、ビール瓶とコップが残っている。ウエイトレスは配膳に忙しい様で、なかなか片づけにこなかった。
リンゴーン、リンゴーンと十二時の鐘が鳴る。
私の二時間の終わる合図でもある。
お金を払って洋食屋をでて、私は走る。数分前からポケットの中のチラシから、終了間近のベルが鳴っているのにも気づいていた。
走る、走る、走る。
階段を駆け上がる、
エスカレーターを駆け降りる。
エスカレーターはちゃんと目的地に運んでくれた。
「アリガトウゴザイマシタ」
受付にもどった途端、風景はみるみる超近代的な高層ビルの姿に戻っていった。
私は駅にむかった。
東京駅のドームも、もうすっかりプリンアラモードに戻っていた。だけどこの空間だけは昔から変わることなく、今も本当に目の前にある。
父も母もあの日、見上げただろうか。
「あ、とんでちゃった」
小さな女の子の声がドームいっぱいに響いた。