「それは、なにより」
「僕は鬼ヶ島に帰るよ」
「桃太郎を殺していないのにか?」
何だ。どうして知っている。
「・・・・桃太郎を見つけることが出来なかったんだよ」
「それがお前さんの言い訳かい?」
「もういいのさ、やめたんだ」
「諦めたら一生後悔するぞ」
「坊さんのくせに、人殺しを奨めるのか?」
「鬼のくせに躊躇うのかね?」
そう言うと、坊さんは全裸になり、海へと入った。
坊さんは海水で身体を念入りに洗うと岸へと上がった。
坊さんの身体から線香の匂いと死臭が消えていた。
海風は潮の匂いを運ぶだけだったが、しばらくすると鬼一の鼻に別の匂いを運んだ。
それは忘れようとして、忘れられない男の匂いだった。
カサの中で鬼一の髪の毛がピンピンと逆立つ。
「・・・・・お前が桃太郎か?」
「正真正銘、桃から生まれた桃太郎さ」
鬼一は顔を歪めると桃太郎を睨んだ。
「どうして出てきたんだ!言わなければわからなかたんだぞ!正体を表わさなければこのまま帰っていたのに!」
桃太郎は手を合わせ合掌する。
「殺していいんだ。お前が私を殺すことは、お前にとってひと欠片の罪にもならない」
鬼一は涙を流した。
「ずるいぞ!殺してほしいのかよ?!」
自分でも何の涙かわからなかった。
ただ、もう桃太郎を殺したいとは思わなかった。
そう思うことが父や母、兄や姉を裏切ったことになるのだと思うと涙が止まらなかった。
鬼一は泣いた。
何時間も泣いた。
桃太郎は岩のように動かず、泣きじゃくっている鬼一を見続ける。
そして、鬼一が泣くのをやめたとき、桃太郎は言った。
「私と一緒に旅をしないか?そうしたら私をいつでも殺せる。私が飯を食っている時でもいい、糞をしている時でもいい、
寝ているときだっていい、殺したくなったらいつでも殺していい。どうだ?」
「・・・・・いいよ」
鬼一は涙を拭った。