小説

『ふくらはぎ長者』薪野マキノ(『わらしべ長者』)

「きみは私を馬鹿にしとるのかね、え、あれだけの客がただのまぐれでやってくるわけがない。この数十分の間に、電車の本数は二十倍に増え、構内の店はすべてリニューアルオープンしとるんだぞ。ホームのトイレのトイレットペーパーまで足りなくなる始末だ」
 ものすごい剣幕で怒る駅長は、頭から何匹も蟹を吐き出して顔色は真っ黒に近く、いまにも襲いかかってきそうだった。
「分かりました、駅長をやります。でもあなたはどうするんですか」
「そうか、やってくれるか、そりゃよかった。私か、私は駅員に戻るよ。こんな部屋にいるよりはホームで久しぶりにお客さん方と触れ合っていたんだ。じゃあきみ、頼むよ」
 駅長、いや元駅長はそう言うと扉の向こうへ颯爽と消えていった。ぼくは真っ白の空間のなかで何もすることがなく、とりあえずバーボンをグラスに注ぐ振りをしてみた。
 すると手のなかで何かがリロリロと鳴り、グラスを持つ手に重みと揺らぎを感じた。グラスを口に近付ける。甘い香りがする。
 扉を開けて廊下を覗くと、駅員が三人、通路の向こうにまだ残っていた。
「誰かひとり、こちらへ来てくれ」
 駅員たちはぎょっとしたように顔を見合わせた。
「私どもは、そちらへ参るような者ではございません」
「ぼくは駅長になったんだ、駅長が呼んでも来ないのかい」
「いえ、ご命令でしたら」
 三人は、誰が行くか額を寄せ合ってしばらく話し合っていたが決着が付かず、ジャンケンをしてみたが延々とあいこを繰り返すのみで、ついにポーカーで決着をつけようということになったらしいが、ひとりがポーカーのルールを知らなかったために「だるまさんが転んだ」をすることになった。だが誰が鬼をするかでまた延々とジャンケンをやり始め、ジャンケンでは決まらないのでまたトランプを取り出したがどのゲームにするか決まらない。

 

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